習慣化しようと思うまでもなく、意識付けだけで習慣にしてしまったこと
皆さん、通勤で電車を利用していますか?
通勤していないとか、通勤で電車は利用しないとか、満員電車で毎日が通勤地獄だという方々は、これから私が書く内容には共感がしにくいかもしれませんね。
そう考えてみると日々何気なくブログで書いている内容も、当てはまる人、その内容とは程遠い人、本当に様々なのですね。
私は東京都内、お相撲やスカイツリーで少しは全国的に知られつつある?墨田区に在住しております。
現在勤めている会社が埼玉県戸田市にありまして、会社の最寄り駅は埼京線の北戸田駅です。
都内からその北戸田駅まで通勤で電車を利用しております。
埼京線は都心に向かう上り(のぼり)電車が物凄く混んでいます。
これぞ満員電車。
都会の縮図のような光景が毎日繰り返されています。
幸いなことに、私が乗る電車はいわゆる逆方向なのです。
たまに座れるくらいの、立っている人同士がぶつかることがほとんどない程の乗車率です。
座ろうと努力すれば座れる
赤羽駅に行くまでの電車もいわゆる混雑している電車とは逆方向なので、座れることもあります。
初めからほぼ確実に座れないとわかっていれば良いのですが、たまに座れるとか、工夫すれば座れるとか、努力すれば座れるとか、技を使えば座れるとか、このような状況が悩ましくなってきたのです。
本当は座れればラッキー程度だったのが、いつしか座れないと残念とか敗北感とか挫折感とか。
それ程大げさなものでもないのですが、何となくアンラッキーみたいな気持ちになってしまっていたのも事実です。
自分の気持ち、考え方のほうを変える
ここ何日か、新しい「身体に良さげなコツコツ習慣」を探していて、そうだ「電車の中で座らずに立つ」にしようかなと考えました。
でも、これって通勤は基本平日5日間だし、土日でも電車に乗らないこともあるし、毎日カウント出来ないなら習慣化には難しいのかな?って思い直しました。
そう考えているうちに「電車の中ではなるべく立つ!!」そんな意識が頭に植え付けられました。
そうです。
わざわざ習慣化するまでもなかったのです。
このように意識を変えるだけで、同じ「電車の中で座れない」という事実があったとしても、自ら選択して「電車の中では座らない」ということならば、全く残念感というモノがなくなりました。
まとめ
本当にくだらない、どうでもいいような内容でここまで書いてきましたが、世の中の物事や出来事って、自分の考え方やモノの見方で同じ結果でも色々な解釈が出来るんだなって改めて気づきました。
私は失った健康を取り戻すために毎日、試行錯誤しておりますが、ちょっとしたことでも自ら選択してそれを決めたんだっていうことをこれからも増やしていきたいと思います。
そして、知行合一
http://green-capybara8.hatenablog.com/entry/2014/01/14/153345
以前のブログで少し説明をしました。
行動するということにこれからもフォーカスしていきます。
習慣化させるまでもなく意識付けだけで習慣にしてしまいましたが、決して「電車内では絶対に座らない」ではないので、目の前の座席が空いて他に必要としている人がいなければ遠慮なく座りますので、そのくらいのゆるさはお許しくださいませ。
昨日に引き続き最低(最高?)記録を更新しました。しかし今日の夕飯でモリモリ食べる予定なので、明日の朝は増量するのがわかっております。
それではこれからも、しげっち(@shige32_ogiso)をよろしくお願いいたします。